この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」

RNAサイレンシングの研究に着手

───徳島大学での研究テーマは?

引き続き、脆弱X症候群の研究を続けました。脆弱X症候群の原因遺伝子はすでに分かっていたのですが、遺伝子がどのようにその病気を発症させるのか、その中間のプロセスがブラックボックスになっていました。そこを理解したいというのはあったのですが、ドレイファス教授も同じ研究をしているので、同じことをしていても仕方がない。脆弱X症候群はヒトの病気ですが、その原因遺伝子はショウジョウバエもマウスも持っているので、教授がやっていないショウジョウバエを使った研究をすることにしました。研究を進めるうちに発症プロセスがいろいろ分かってきて、徳島大学にいる間にいくつかの論文にまとめることができました。
その研究が、今手がけている「RNAサイレンシング」の研究につながっていくのです。RNAサイレンシングの研究自体は、まだ10年足らずと歴史が浅く、分かっていないことが多い。ならば私たちがその研究をしようと、ターゲットを定めました。

───RNAサイレンシングについて、やさしく解説してください。

私たちのからだは60兆もの細胞でできていて、手や足、脳、胃、腸、心臓などの組織・器官をつくっています。それぞれの細胞の中には同じ遺伝子セットが組み込まれています。同じ遺伝子セットが組み込まれているにも関わらず、手や足、心臓など、別々の組織・器官がつくられるのは、使われる遺伝子に違いがあるからです。細胞それぞれが、私は遺伝子セットの中のこの遺伝子を使って皮膚になるから、キミはほかの遺伝子を使って脳神経になりなさいなどと調整しあう仕組みがあるんですね。
細胞には、そうした細胞の特異性を導く仕組みがありますが、その一つがRNAサイレンシングです。このメカニズムを担っているのは、私たちのからだの中にあるすごく小さな20~30塩基長のRNA分子で、この細胞ではこの遺伝子は使わないでおこうというふうに、遺伝子の働きを抑制します。
RNAサイレンシングは1998年に線虫で発見され、2001年には真核生物の遺伝子発現の抑制機構として広く保存されていることが分かってきました。発見者のファイアーとメローは2006年にノーベル賞を受賞しています。

───RNAサイレンシングが発見されたことはどんな意味があるのですか。

一つにはより洗練された遺伝子機能解析の手法を手に入れたこと。さらに大きいのが、創薬に活かせることです。私たちヒトは2万2000の遺伝子を持っていますが、たとえば、今、ある一つの細胞では1万の遺伝子が働いているとする。その細胞で、ある特定の1遺伝子を抑制するために、その遺伝子に対してRNAサイレンシングを効かせるように小さなRNAを入れたとしましょう。すると残りの9999の遺伝子だけが機能した細胞環境をつくり出すことができるわけです。
もし、その1つの遺伝子に異常があって、異常なタンパク質を合成し、何かの病気が発症していた場合、その働きを制御することができるのですから、病気の治療に期待が持てる。そうした理由から製薬会社やベンチャーも含め、研究が急速に進展していったわけなんです。

───そうした激しい競争の中で、塩見先生の強みは何だったのですか。

私たちはそれまでRNA分子の研究をしていましたから、その延長線上でRNAサイレンシング研究ができたことです。こういう実験をすると、こうしたことを解き明かすことができるという実験手法を確立していたのが強みでした。実際その実験手法でうまくいったんですね。

───現在の塩見先生の研究について教えてください。

RNAサイレンシングを担うRNA分子には、動物の場合は大きく分けて、siRNA、miRNA、piRNAの3つがあります。siRNA、miRNAはからだのどんな細胞にも存在しているので実験がやりやすいということもあり、最初はこの2つのRNA分子を研究しました。一方、piRNAは卵巣、精巣といった生殖組織にしか存在しないので、手を付けにくいという事情がありましたが、次第にやりにくいからこそチャレンジして研究したいと思うようになりました。
これまでの研究で、piRNAは、生殖組織内を自由に動き回るトランスポゾン(転移因子)が転移してゲノムを傷つけることを防ぐ働きをすることが分かっています。トランスポゾンの転移活性が上昇してゲノムが傷つくと、胚・精子形成が異常となりその個体は子孫を残せなくなる。piRNAどのようなメカニズムで、トランスポゾンの働きを抑制しているのか、またpiRNAが生体でどのように生成されるのかなどを探究しています。

───生殖組織のRNAサイレンシングを研究することは、生命の誕生に関係するということでしょうか。

卵子と精子が出会って生命が形作られていくその基本的なところに携わっているという意味では本当にそうですね。また、ある特定の遺伝子の働きによって不妊になっている場合には、その遺伝子の働きを抑えることで不妊治療につながると思います。RNAサイレンシングについてはまだまだ分かっていないことが多いけれど、だからこそ研究対象として魅力がありますね。

Nature Reviews Molecular Cell Biology 2011 Vol. 12, PP. 246-258.
Siomi MC, Sato K, Pezic C, Aravin AA.
PIWI-interacting small RNAs: the vanguard of genome defence
piRNAがゲノムをトランスポゾンから守るしくみについて、2011年「ネーチャーレビュー モレキュラーセルバイオロジー」誌に発表した総説より。siRNAとmiRNAが生成される仕組みおよび標的遺伝子の発現を抑制する機構とpiRNAの機構とを対比した図

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