公益財団法人テルモ生命科学芸術財団 Terumo Foundation for Life Sciences and Arts

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国際賞

記念鼎談

バイオマテリアルと遺伝子送達の未来を語る

第2回「テルモ国際賞」に輝いたキム・サンワン先生をお招きし、選考委員長の片岡一則教授、財団理事の岡野光夫教授とともに、「バイオマテリアルのこれから」とこうした境界領域の研究の進展のために何が必要かを語り合っていただきました。

出席者
  • キム・サンワン
    第2回「テルモ国際賞」受賞者
    ユタ大学Distinguished Professor

  • 片岡一則
    第2回「テルモ国際賞」選考委員長
    東京大学大学院工学系研究科・医学系研究科教授

  • 岡野光夫(司会)
    テルモ生命科学芸術財団理事
    東京女子医科大学特任教授

新しいバイオマテリアルの分野へ
岡野:
「テルモ国際賞」は、新しいバイオマテリアルの創製を通じて、先端医療や再生医療分野の発展に大きく寄与する独創的で国際的に優れた研究成果を成し遂げた研究者を顕彰する目的で創設された賞です。第2回受賞者のキム先生は、基礎研究の成果を臨床に生かすという揺るぎない情熱を掲げ、同時にアメリカのみならず世界中の数多くの若い研究者を育ててこられました。まず先生がこの分野に携わるようになった経緯からお話しいただけますか。
キム:
私はもともと物理化学を研究しており、ソウル大学で物理化学の修士号を取得したのち、ユタ大学のヘンリー・アイリング教授のもとで化学の博士号を取得しました。しかし、博士号は取ったもののその先の展望が見えず、「私は天才でもなければ才能もない。従来の分野で研究を続けるよりまったく新しいことにチャレンジしてみたい」と教授に相談したのです。そんな折、タイミングよく人工心臓の権威であるウィリアム・コルフ先生から透析膜に詳しい研究者を紹介してほしいとアイリング教授に申し入れがあり、コルフ先生に雇われることになりました。しかし、私には医学の知識がなく、コルフ先生から医学部に行くよう命じられました。「医学部で学ぶには歳をとりすぎているし、韓国人はPh.D.を取ったあとにM.D.を目指したりはしない」と躊躇したのですが、結局医学部の授業をとることになりました。そして、生理学や血液学などの基礎医学を1年半学んだあと、バイオマテリアルの研究を始めたのです。当時、「バイオマテリアル」はまだ耳慣れない領域でしたが、新しいこと、自分にできることがこの分野でたくさんあることに気づき、チャレンジを続けてきました。これが私のキャリアの出発点です。
片岡:
たしかに当時、バイオマテリアルは世界的に見ても新しい分野で、日本でもバイオマテリアル研究が始まったばかりのころでした。私の恩師である鶴田禎二先生がバイオマテリアルに関する文部科学省のプロジェクトを立ち上げたのが 1977年だったと思います。私が鶴田先生のアドバイスで、博士課程で医用高分子の研究をスタートさせたのも同じ時期です。
岡野:
その後バイオマテリアルの分野は急速に発展し、学際的なテクノロジーによって革新的な製品が続々に生まれています。キム先生は遺伝子工学とバイオマテリアルの融合に取り組み、患者の治療も始めていますね。
キム:
私が遺伝子送達を研究する一番の理由は、医療用デバイス分野での研究の蓄積があったからです。私は血液適合性ポリマーの研究に10年以上携わりましたが、ポリマーの抗凝血剤としての活用が一般的になったので、別の新しい分野に取り組むことにし、1996年に遺伝子送達ポリマーの研究を始めました。同じことを5年も10年も続けていたら、それはもはや研究ではありません。新しい研究とは、新しいコンセプト、新しい領域でなされるべきものだと思います。
新しい技術が薬や治療の概念を変える
岡野:
片岡先生の高分子ナノミセルをはじめ、今、世界には革新的な発想を持つ研究者がたくさんいます。キム先生は、この分野の現状をどうご覧になっていますか。
キム:
薬物送達は重要な分野なのに、予想ほどには急速に発展してはいないように思います。というのは、製薬産業は一つの商品で10億ドル、100億ドルを稼ぐブロックバスターだけを追い求めているからです。このごろ私は講演をするたびに聴衆に言うのです。製品がたくさん出るころには私はこの世にいないだろうって。
しかし今から30年後には、この遺伝子送達による治療は必ず主要な治療方法になっているはずです。おそらく数年以内に製薬大手がこの分野に飛びつくようになると思います。
片岡:
キム先生のご意見に全く同感です。体外から遺伝子を導入し、異常な遺伝子の働きを抑制または修復する遺伝子治療や、siRNAやmRNAなどの核酸医薬の送達技術の開発により遺伝子の制御が可能になるでしょう。つまり新しいタイプの治療法が誕生するわけです。
製薬大手には、新薬は新しい化合物でなければならないという誤解がありますが、実際には新薬が新しい化合物である必要はないのです。適切な薬物送達システムを使えるようになれば、すべての薬のポテンシャルを上げることができ、古い薬でも突如として新薬になるのです。こうしたパラダイムシフトが必要ですね。
岡野:
つまり、新しい技術が薬の現状を変えるということですね。
片岡:
その通りです。本来、新薬は新しい機能と定義されるべきです。たとえればiPhoneのようなものです。iPhoneのパーツのほとんどは最先端技術ではなく、機能を統合して全く新しい機能を創り出しているのです。つまり、薬物送達システムもiPhoneのようにさまざまな機能を統合することによって、薬という一つのエレメントを完成させることができる。これが重要なのです。
遺伝子送達のこれから
岡野:
20世紀には一つの技術、一つの事柄に注力していればよく、それで多くの患者を治療することができました。でも現代は、さまざまな技術、さまざまなコンセプトを横断的に活用して、新しいシステムを創製することが求められています。
キム先生は40年前にPh.D.を取ったのちに医学と薬理学を学び始め、多くの分野を渡り歩いてこられましたが、片岡先生も私も同じように、Ph.D.を取得したのちに医学を学びました。
キム:
学際的なアプローチに成功した研究者は世界中を見渡してもほとんどいません。当時はあらゆるものをシャッフルして研究していましたが、それを単独で学ぶことのできる学部も特定の分野もありませんでした。
岡野:
40年前は非常にレアでした。でも近年、日米は新分野、特にこのような学際的分野を奨励しており、バイオマテリアルセンターやバイオメディカルテクノロジーセンターを設立させてきています。
片岡:
バイオマテリアルはもはや学際的というより一つの確立された分野になっています。これからは、バイオマテリアル分野と他の分野にまたがる新たな分野が必要になっています。
岡野:
そして何か特別なものを作るには、いずれにせよ異なる技術を組み合わせる必要があるでしょう。こうした境界領域で、将来、どんな分野が必要になってくると思われますか?
キム:
やはり遺伝子送達でしょうね。理論的にはsiRNAがどんな病気も治療できるということは、皆さん同意していただけると思います。患者が疾患由来のmRNAを生成するので、そのmRNAを不活性化すれば病気は治るからです。ただ問題は、現時点でヒトに使えるsiRNA送達システムがないということ。siRNA送達システムを創製するには、遺伝子とsiRNAの特性を良く知る必要があり、そのデリバリーを実現するにはポリマーと送達システムを良く知る必要がありますが、多くの人はこれを難しすぎると考えるので、この分野に人が入ってきません。
また、細胞組織工学や細胞工学でも、こうした送達システムなどの革新的なアイデアが必要でしょう。なぜなら、薬や手術では治療できない病気があるからです。
片岡:
単なる送達ではないので「遺伝子制御療法」などの新たな名称が必要かもしれませんね。
境界領域にチャレンジする新しい研究者を育てるには
岡野:
新しいタイプの研究を作っていかなければなりません。研究者が年配の先生や年長の研究者の方法に従って同じ穴を掘っていては、特別なことを成し遂げるのは難しいでしょう。若い研究者には何か別の方法を学んでもらうことが重要です。コンセプトと技術を融合させれば、何か新しいことが始められます。そのような研究者をシステマティックに生み出すには、どのような教育システムが理想的だと思われますか?
片岡:
学際的な教育を促進する上で、今日の大学に特に求められているのは、一種のケーススタディーです。例えば、薬学部、工学部、医学部の大学院生で一つのグループを作ってもらい、各人に研究の紹介をさせます。次にグループ内で、一つか二つの研究分野に基づき一つのベンチャー企業を起業するという道筋を確立してもらう。そして実際にベンチャー企業を立ち上げるにはどうしたら良いかというリサーチをさせるのです。この過程で規制当局に行ったり投資家に面会したりする必要が生じます。こうしたグループワークを通じて実践的に学ぶことで鍛えられていくでしょう。
キム:
なるほど。教えるだけではないからとてもいいですね。もし私が最高責任者で予算も組めるとしたら、この分野の重要人物を10人~20人呼んで、セミナーを開いてもらい、互いに討論してもらいます。
企業でもR&Dセンターでそのようなアレンジをすることがとても大切です。アメリカで生産性の高い企業は、例えば1週間に1人の割合でR&Dセンターに独創的な研究を行っている人を招き、自身の研究やアイデアについてプレゼンをしてもらっていますね。
岡野:
私の研究室では、臨床医とPh.D.の共同作業を推奨しています。Ph.D.は患者をどう扱うかのテクニックと哲学を学ぶことができますし、医師はPh.D.から初歩的な科学技術を学ぶことができます。互いにディスカッションを重ねることで、新しい発想が生まれ、何らかのユニークなチャレンジが始まります。
キム:
岡野先生は医師の誘致に世界で最も成功したバイオマテリアル研究者の一人といえますね。今後は臨床医に基本的なバイオマテリアルと薬物送達の研究に関心を持ってもらうことが非常に重要ではないでしょうか。
片岡:
混ぜ合わせることは大切です。学生は、確立された領域だけにいると、自分の研究を過大評価するか過小評価しがちです。でも他の学生との交流があれば、自分の研究がナンセンスであることに気づく場合もあれば、自分の思考を別の方法で組み立てて課題解決に結びつけることができることに気づくこともありますから。
テルモ生命科学芸術財団に望むこと
岡野:
さて、新しいタイプの人間を生み出すためには、それを背後で支えるサポーターも重要です。テルモ財団は多くの研究者を支援し、毎年25件のプロジェクトに助成を行っていますが、キム先生は、テルモ財団に今後何を期待されますか。どの分野をどのように支援していくべきでしょうか?
キム:
これまで申し上げたような、10年後、20年後の医療を牽引していくような新しい分野へのサポートですね。また財団の出捐会社のテルモは現在世界トップクラスの医療機器メーカーですが、成長が難しい業種ですから、本業の分野でも革新的な新規プロジェクトを継続的に立ち上げていくことが非常に重要だと思います。
岡野:
片岡先生はいかがですか。
片岡:
まず、バイオマテリアルと細胞組織工学の学術分野でこのように大変名誉ある賞を創設されたことに感謝したいと思います。多くの財団があるなかで、テルモ財団が非常にユニークな視点、すなわちバイオマテリアルなど、医療用デバイスの極めて重要な最先端分野にスポットを当てていることも重要です。今後ともこの視点を大切にして運営していただきたいですね。
岡野:
通常の医学研究については、国が多数のプロジェクトに資金援助を行っています。大学の薬学研究も国から多額の予算を獲得できます。しかし学際的な分野については、まず誰かが支援しなければなりません。そうでないと、新しいタイプの研究を行うのは非常に困難です。テルモ財団には新しいタイプの研究者、とりわけバイオマテリアルなどの学際的なアプローチを今後とも支援し続けてほしいと思います。
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