公益財団法人テルモ生命科学芸術財団 Terumo Foundation for Life Sciences and Arts

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国際賞

記念講演

バイオマテリアルから遺伝子送達へ

ユタ大学 Distinguished Professor
キム・サンワン教授

本日は、私の研究人生を振り返りながら、研究テーマである新しい遺伝子送達を目指したバイオマテリアルについてご紹介したいと思います。

生体適合性のあるポリマー研究からスタート

私は研究の初期に、血液適合性のあるポリマーを研究し、坑凝血活性を有するヘパリンをコーティングした坑血栓材料の開発に成功しました。この技術はユタ大学で開発した人工心臓に導入されています。
1980年代の半ばには、グルコースの濃度に依存してインシュリンを放出するという自己調整能のあるDDSの開発に取り組みました。1985年からは東京女子医科大学の岡野光夫先生と刺激反応性のポリマーの研究に着手し、生分解性を有した温度応答性ポリマーやハイドロゲルを開発しました。
例えば、1997年に発表したハイドロゲル「HyGel™(ハイジェル)」は、温度が高いときにはゾルですが体温の状態ではゲルになります。注射剤としてのDDSへの応用をターゲットにしたもので、ゾルの状態で注射すると体内でゲル化するのです。その後、体温より低いときにはゾル、体温でゲル化するものも開発しました。

さらに投与しやすいものとして開発したのが「ReGel™(リジェル)」です。溶液として細い針でも注射でき、低侵襲です。このリジェルでパクリタキセルをコーティングしたものを「OncoGel™(オンコジェル)」と名付けました。がんになった動物にこのジェルを注射することで生存率が上がったという結果が出ており、人の食道がんについて第二相の臨床試験を実施していましたが、残念ながらマーケットが小さいということで中止になってしまいました。

ポリマーを使った遺伝子送達の可能性

遺伝子送達の研究は1996年から東京工業大学の丸山厚先生と一緒に取り組んでおります。
遺伝子送達とは、プラスミドDNAを何らかの手法で細胞内に取り込むことによってタンパク質の発現をコントロールして治療効果を発揮させるというものです。
多くの研究者がウイルスベクターを使って導入していますが、免疫原性などの問題があります。われわれが開発したポリマーは、エンドサイトーシスによって細胞の中へ入りエンドソームに取り込まれますが、分解されると核内に入りこんでmRNAを産生しタンパクを創り出します。すなわちDNAをポリマーを使ってデリバリーするというコンセプトです。
同じ遺伝子のデリバリーでもsiRNAを使った遺伝子サイレンシングの場合はメカニズムが異なります。siRNAをデリバリーすると細胞の中へ入っていき、そこでRNAタンパク複合体を形成し、ターゲットmRNAを切断、分解するためタンパク質が合成されません。前述のDNAのデリバリーとは逆のメカニズムということになります。
このように、ウイルスではなくポリマーを使うと、多目的に使えるような遺伝子送達が可能となります。さらに重要なのは、このポリマーが宿主の染色体内には残らないという点です。ポリマーを合成して、もし免疫原性が出れば処分します。もちろん毒性のないものだけを選んでいます。また、ウイルスベクターは1回だけの単回投与ですが、ポリマーは複数回投与することができます。これはビジネス上も重要な点です。

さまざまな臨床応用

基礎研究だけでなく、臨床応用に役立てていかなくてはなりません。代表例をいくつか紹介しましょう。
水溶性のリポポリマー(WSLP)の研究では、IL-12遺伝子を使ったWSLPをヒトで研究しています。パクリタキセルとミックスさせた送達の例ですが、すべての腫瘍の容積が小さく抑えられ、非常によい結果が出ています。このシステムの利点は転移が起きないことです。動物実験の結果では、腫瘍が縮小し、生存期間の延長が示されています。現在、卵巣がんの患者さんに対する臨床試験が行われており、第三相まで進んでいます。
siRNAについても多くの時間を割いて研究しています。コレステロールと結合させたsiRNAの送達のシステムの例を紹介すると、in vivoの実験では結腸がんの腫瘍の成長が抑えられ、よい結果が得られています。このメカニズムは、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)の産生を止めて、腫瘍細胞の増殖を抑えるというものです。

心筋梗塞の治療を遺伝子の送達で行う研究でも大きな成果を上げています。
RTP801という低酸素関連の遺伝子をデリバリーしてVEGFの産生をコントロールすると、急性の心筋梗塞の治療に役立つことがわかりました。VEGF遺伝子のみで治療した場合と比較すると、RTP801の遺伝子+VEGF遺伝子とで治療した場合では、梗塞のサイズがかなり縮小しました。また、筋原細胞による血管形成の治療でも、筋原細胞のみでなく、ポリマー遺伝子を移入した筋原細胞で治療したほうが効果が大きいことが判明しています。

GLP-1は低血糖になるリスクが少なく、2型糖尿病に有効な薬ですが、血中の半減期が2分と非常に短いため、1日に3回も4回も患者さんに注入しなければいけません。そこで私たちはTSTAという転写増幅システムで発現させたexendin4、そしてABPポリマーを使うことによりインシュリンの分泌を促進することに成功しました。これによって作られた薬剤は1日3回も注射する必要はなく、1週間に1回の注射で効果を発揮します。
1型の糖尿病の患者さんに対しても、膵臓をターゲットとした遺伝子導入システムによる新しい治療法の開発に取り組んでいます。
このほか、エリスロポエチン(EPO)を心筋梗塞の治療に使うため生分解性のABPポリマーを使ったEPOの遺伝子送達についても研究を進めており、これまでのところ急性の心筋梗塞を治療する上での大きな知見が得られています。

私が強調したいのは、新たな治療分野を開拓することの意義です。それには学際的なアプローチが欠かせません。薬学、細胞分子生物学、ポリマー化学、バイオテクノロジー、これらがすべてひとつになってこそ研究のゴールに到達できると確信しています。

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