中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

「サイエンスカフェ2016」レポート 細胞シートや模擬人工心臓づくりを 最先端の医工連携施設で体験

[1日目]再生医療に関連した生命科学講義と若手研究者4人の研究プロセス、夕食も兼ねた懇親会

1日目は東京・九段下のホテル・グランドパレスで、2人の先生と4人の若手研究者によるレクチャー。夜の懇親会では、全国から集った高校生たちがコミュニケーションを深めた。

第1部/講義1 脱細胞化組織による組織再生:機械工学からの挑戦

人工弁の耐久性を高めるため加速試験法を開発

先端生命科学講義第1部では、まず早稲田大学理工学術院の岩崎清隆教授が「脱細胞化組織による組織再生:機械工学からの挑戦」と題して講義。

岩崎先生は大学で機械工学を学び、大学3年生に進むと機械工学の手法で医療にかかわる研究をしようと人工心臓の研究で知られる梅津光生教授の研究室に入った。梅津研究室で取り組んだのが人工心臓弁の耐久性を高めるための研究で、信頼性のある耐久試験法を確立するために大学院生のときに開発したのが「加速耐久試験法」だ。。

「人工弁を患者さんに使うときには安全性が重要になってきます。途中で壊れたら大変ですから、たとえば10年間持つものをつくろうとしたら10年間分の試験をして安全性を確かめる必要があります。しかし、そうなると結果が出るまでに10年待たなければいけません。そこで考えついたのが工学技術を使った加速試験法です」

心臓の弁は心臓の動きに合わせて1分間に60~70回開いたり閉じたりするが、1分間に1200回ぐらい強制的に開閉させることができれば、通常なら10年かかる耐久性の試験結果が半年でわかることになる。これによって人工弁開発が大幅にスピードアップしたという。

電子レンジから生まれた?脱細胞化技術

博士課程が修了した2002年から現在まで岩崎先生が取り組んできたのが、組織から細胞のみを完全に除去する「脱細胞化技術」だ。

脱細胞化技術がなぜ求められるのかというと・・・
心臓弁膜症の患者さんを救うために人工弁に置き換える手術は、日本では年間1万例、アメリカでは6万例行われている。現在用いられている代用弁には、主として機械弁と生体弁があり、現在、全体の7割を占めているのがウシやブタの組織を利用した生体弁だ。しかし、生体弁には拒絶反応を起こさないようにするため薬品処理することによる石灰化等による寿命に限界がある。一方で、薬品処理しなければ、拒絶反応が大きな問題となり使用することはできない。

「拒絶反応は、患者さんの体が自分のものでない細胞を異物として攻撃することで起こります。心臓弁の場合、主成分はコラーゲンなどの細胞外マトリックスですが、組織の中にスイカのタネぐらいの密度でウシやブタの細胞が含まれており、これが異物とみなされるのです。このため、動物の弁をヒトに使える状態にするため化学処理をしていますが、完全に取り去るのはとても難しく、処理後も多くの細胞が残っていたりする問題がありました」

試行錯誤の末、たどり着いたのが、電子レンジにも使われているマイクロ波の利用だった。

「電子レンジの場合、1秒間に24億5000万回もプラスとマイナスが入れ替わり、食品に含まれる水分子を振動させて加熱します。これと同じ周波数のマイクロ波を使って細胞を溶かす化学溶液を組織の奥まで届けることにしました。ただし、心臓弁が温まってホルモン焼きみたいになっては困りますから、温度を37℃に保つ冷却機をつけたり、マイクロ波を均等に当てるため心臓弁を回転させたり、化学溶液の循環に拍動流を利用するなどの工夫もしました」
こうして、心臓弁の「脱細胞化」を世界に先駆けて成功したのだ。

ブタ大動脈弁染色像:拍動流とマイクロ波を使い、黒い粒の細胞核を完全に除去することに成功(b)。その無細胞組織を動物に移植すると、移植された動物自身の細胞が入ってくることがわかった(c)

昆虫から学んだ意外な滅菌法とは?

脱細胞化の技術を使って、岩崎先生は現在、ウシやブタの脚から取り出した人工靱帯の開発にも取り組んでいる。
「今年はオリンピックの年ですが、スポーツ選手の中には激しい接触などで膝の前十字靱帯を断裂して大会に出場できなくなった人もいます。ほかにも交通事故などで断裂するケースもあり、新しい靱帯を移植する再建手術が国内で年間3万件、アメリカでは年間36万件も行われています。日本での手術では、自分の体にある除去しても問題ない腱を取ってきて移植していますが、健康な自分の腱を採取するための手術が必要ですし、後遺症も心配です。そこで患者さんの腱を取らなくてすみ、手術後の早期回復が見込める脱細胞化組織の開発に取り組み、実現したのが動物組織由来の人工靱帯です」

動物の細胞が引き起こす拒絶反応をなくすための脱細胞化の技術とともに、もうひとつ重要な技術を岩崎先生は開発した。それは脱細胞化を実現した組織の損傷を抑制する滅菌手法だ。ウシやブタ組織に菌が付着していてはヒトの体には入れられない。といってナマモノである組織を滅菌するのは簡単なことではない。
医療用具の滅菌には乾燥空気中で加熱して滅菌する方法があるが、この方法を人工靱帯で試すと組織が壊れてしまい移植には使えなかった。

「ここで着目したのがアフリカの乾燥地帯に生息するネムリユスリカという昆虫です。ネムリユスリカの幼虫は完全に乾燥した状態にしても雨に濡れると水分を吸収して蘇生します。その秘訣は特殊な糖であることがわかり、人工靱帯を糖に浸してから乾燥したところ組織が壊れないことがわかりました」
現在、実用化のため動物実験を経てヒトに移植する臨床試験を行う準備中で、2020年の東京オリンピックに間に合うよう開発を進めている。

最後に岩崎先生は次のように語って講義を締めくくった。
「脱細胞化組織を使うことで、心臓弁や人工靱帯以外でも、これまでにない新たな治療が実現できる可能性が広がっています。私自身は機械工学の出身ですが、なぜこんなことをしているかといえば、医療の創造に挑戦することで日本や世界の患者さんに貢献したいためです。医療は医師だけでなく、さまざまな職種の人の努力によってよりよくなっていきます。機械工学に限らず、どんな分野に進んでもチャレンジができます。一生懸命勉強して未来への可能性を大きくしていってほしいと思います」

第1部/講義2 心臓を創る~再生医療最前線~

再生医療の2本柱──幹細胞生物学と組織工学

次に講義したのは東京女子医科大学先端生命科学研究所所長・教授の清水達也先生。

清水先生が冒頭に述べたのは、再生医療は2本の柱で成り立っているということ。1つは「幹細胞生物学」。組織や臓器の材料となる細胞をどのように増やすかの研究だ。幹細胞とは分裂して自分と同じ細胞を次々とつくる「自己複製能」と、体を構成するさまざまな細胞をつくり出す「多分化能」の2つの特徴を持っている。
「私たちの体の中にはいろいろな幹細胞があり、古くなった組織の入れ替わりや傷の治癒をしています。心臓や脳の細胞にも多少は幹細胞がありますが、数が少ないために再生はできません。しかし、ES細胞とか、京都大学の山中伸弥先生が開発したiPS細胞(人工多能性幹細胞)が登場し、目的の細胞へと分化させる技術が進んできたので、再生医療への期待が高まってきたのです」

再生医療で実際に患者さんを治療するためには、細胞から組織をどのように形づくっていくか、またどのように移植するかが問題となる。それを研究するのが2つ目の柱である「組織工学(ティッシュエンジニアリング)」であり、清水先生が取り組んでいるのはこの分野だ。
「細胞から三次元的な組織をどうやってつくるのか、最終的には心臓を丸ごとつくることを目標に研究を続けています」

細胞から三次元組織をつくり出すさまざまな方法

「細胞を使って治療しようとするときに、皆さんが真っ先に思い浮かべるのは注射でしょう。しかし、ただ注射するだけでは細胞はバラバラになってどこかへ行ってしまいます。そこで、細胞をある程度まとまった形で移植することが非常に重要になっていて、それを行うのが組織工学です」

20年ぐらい前からさまざまな試みが行われていて、最もポピュラーなのは「スキャフォールド法」。
「簡単にいうと、三次元の組織をいきなりつくってしまおうという方法で、まずは体の中に入れると溶けるような物質(多くは高分子)で三次元的な容れ物をつくり、そこで目的の細胞を培養します。体の中に入れると高分子は徐々に溶けて生体の組織と入れ替わって本物と同じようなものができる、というコンセプトです」
最近、注目されているのが「バイオプリンティング法」。3Dプリンターに使われるインクのかわりに、生きた細胞を噴出させ、コンピュータ制御によって細胞を順番に並べて三次元の組織をつくっていく方法だ。
また、細胞を微小な管に流しながら固めて培養し、ファイバー(ヒモ)状の組織にしていく「細胞ファイバー法」という方法もある。

以上の方法はすべて、細胞以外の体の中に入れると溶けるような物質を使っている。生体にとっては異物を用いるため、往々にして移植して生体の組織に入れ替わるときに炎症反応を引き起こしたり、形が崩れるなどの課題も少なくないという。

細胞同士が手をつないだ細胞シート

これに対して清水先生が取り組んでいるのが、東京女子医大の岡野光夫先生が開発した「細胞シート」だ。私たちが筋肉痛のときに患部に貼るシートをイメージしてほしい。細胞同士が手をつないだままのシート状態で、再生したい部位に貼り付けて移植する方法だ。
細胞を培養皿で培養すると、細胞が増殖してシート状になる。しかし、培養した細胞を剥がすためにトリプシンというタンパク分解酵素を入れると、細胞が傷ついてバラバラになってしまう。そこで岡野先生が考えたのが、培養皿に温度で性質を変えるポリマーを20ナノメートルの薄さでコーティングすることだった。
「この培養皿は、温度に応じて性質が変わるのです。細胞を培養する37℃のときは疎水性で、水を弾くがタンパク質はくっつきやすい。ところが、32℃以下に温度を下げると親水性になり、タンパク質が剥がれやすくなるので、細胞にダメージを与えることなく、細胞同士がくっついている状態で取り出すことができるのです」

現在、さまざまな部位で患者自身の細胞でシートをつくって移植する研究が進んでおり、角膜、心臓、食道、歯周病、軟骨、気胸では臨床応用もはじまっている。さらに今年中には肺の臨床応用、近い将来には子宮や腎臓などの再生治療にも広がっていくと清水先生は見ている。
講義では具体的な例として角膜と気胸、心臓の再生治療についてビデオ映像を見ながらの詳しい解説があった。

このうち細胞シートを用いた世界初の心臓の再生治療は大阪大学病院で行われた。拡張型心筋症のため補助人工心臓を装着して脳死移植を待っていた患者に対して、患者自身の太ももの筋肉からつくった細胞シートを貼り、心機能の改善に成功。患者は退院して元気に過ごしているという。
なお心臓の病気に使う細胞シートについては、共同研究を行っているテルモが実用化に取り組み、厚労省の製造販売承認を取得。2016年5月、世界初の心不全治療用の再生医療等製品「ハートシート」を発売している。

たゆまぬチャレンジが「夢」を実現させる

清水先生らが今、取り組んでいるのは、細胞シートを重ねあわせて、三次元の組織とし、 “丸ごとの心臓”をつくる夢のような計画だ。
「まだ道半ばですが、チューブ状に拍動するポンプのような組織をつくろうと考えています。課題はいかに血管を通すか。そこで細胞シートを段階的に重ねることで、血管を通していこうと実験を繰り返しています」

心臓を丸ごと再生させようという壮大な計画に取り組む清水先生から生徒たちへのメッセージは「たゆまぬチャレンジが夢を実現させる」ということ。
「『夢と信念』というのが私のスローガンです。マンガやSF小説、映画などで、『こんな夢みたいなこと、できっこない』と思われていた話が実現していることってけっこうあります。大切なのは夢に向かってあきらめずにやり続けること。そのためにはまず夢を持たなければ始まらない。私は心臓をつくることを夢みていますが、みなさんもぜひこの機会に何年か先、何10年か先に実現させたい自分の夢を見つけてください」

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