中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

「サイエンスカフェ2015」レポート 細胞シートや模擬人工心臓づくりを 最先端の医工連携施設で体験

講義3 脳の機能を知る覚醒下脳手術と最新治療

続いては、東京女子医科大学先端工学外科(脳神経外科兼任)の村垣善浩教授による講義。 東京女子医科大学では、国内で最も初期となる2000年に、手術前の脳機能マッピング、手術中のMRIや脳機能解析システムなどを組み合わせた、インテリジェント手術室を立ち上げた。この手術室で村垣先生らが取り組んでいるのが、覚醒下、つまり患者さんが起きたままの状態で脳の開頭手術を行うという驚きの手術だ。

脳は場所によって機能が異なる

本題に入る前に、村垣先生は生徒たちに「言語の中枢は脳の右と左のどっちにあると思う?」と質問。
「右利きの人の9割は左側に言語の中枢があります。では、左利きの人はどうか? 実は五分五分です。左利きの人は言語中枢が右の人もいれば、左の人もいて、どっちかわからない。それは手術する方にとってはとても怖いことです」。
脳以外の臓器は、肝臓にしても肺や心臓にしても持っている機能は同じ。たとえば肝臓がんでかなりの部分を切除したとしても、残りの部分も同じ機能を果たしているから、ある程度の量を残せばいい。
「ところが、脳は言語中枢だったり運動中枢だったり、場所によってやっていることが違う特殊な臓器です。なので、たとえ切除するのがほんのわずかでも、重要な場所であれば大きな障害が残ってしまいます」

実際の手術のビデオに釘づけ

では、救命率を上げて、後遺症がないようにするためにどうしたらいいか。この課題を解決するために最先端の医学と工学の技術を集めて実現したのが、村垣先生らが行っている覚醒下手術だ。
麻酔をかけて頭部を切り開いたあと、患者さんの麻酔を覚まさせて、意識がある状態で手術を行う。患者さんを目覚めさせても、脳そのものには感覚がないため、患者さんは痛みを感じないのだという。患者さんとの会話を通じて、これ以上取ってはいけない場所を探りながら、ここまでなら大丈夫というところまで腫瘍を取り去っていく。
手術中の様子がビデオで映され、高校生たちは固唾をのみながらその様子に見入る。左の前頭葉に脳腫瘍のある患者さんの手術シーンが映された。この人の場合、腫瘍のある場所が言語中枢と重なっていることがあらかじめわかっていたので、手術の前からどうしたらいいか、患者さんと話し合いが続けられていたという。
実際、手術を始めてその部分を刺激すると患者さんはしゃべれなくなる。患者さんの頭のまわりで「どうしようか」と村垣先生らが相談していると、患者さんはきっぱりとこう言った。
「先生、リハビリで治るんだったら、切ってください!」
村垣先生は語る。
「患者さんは術前に勉強していて、どうしたらいいか、自分なりの考えを持って手術に臨んでくれました。その上での患者さん自身の決断であり、我々にとって力強いあと押しとなって最高の治療ができました」
村垣先生が強調するのは、意思決定するときは、いかに信じられる情報を集めるかが大事だということだ。この手術の場合の患者さんの意思決定も、事前の話し合いや勉強、そして手術中の会話など、目に見える情報がきちんと患者さんに届けられていたからこそ決断できたのだろう。

意思決定のために必要なのは情報収集と数字の読み方

村垣先生の高校生たちへのメッセージも意思決定の大切さだった。
「みなさんは社会に出たとき、どう意思決定をしますか? 試験に出てくるような解答はなかなかありません。結局、意思決定とは、どちらの利益を選ぶか、どちらのリスクをとるかです。そのときに必要となるのが、統計や数学にある程度強くなっておくこと。でないと、だまされてしまいます。たとえば我々が患者さんに手術の話をするとき、『この手術は70%成功します』と言うととてもいい感じですが、『30%死亡します』と言うと怖いですね。社会に出るとこういうトリックと多く遭遇します。ぜひ確率とか、統計を勉強しておいてほしい。そして、目に見える、信じられる情報をいかに集めるかも意思決定には欠かせません。これが、“人生の先輩”としてのみなさんへのアドバイスです」

講義5 薬剤溶出ステントと使われている技術~虚血性心疾患の低侵襲治療の歴史~」

テルモ株式会社心臓血管カンパニーのIS(カテーテル)事業部門で、R&D(研究開発)の最前線で活躍中の山本寿弘先生の演題は「薬剤溶出ステントと使われている技術~虚血性心疾患の低侵襲治療の歴史~」。
ステントとは金属でできている網状のチューブのことで、虚血性心疾患などの治療にあたって、狭くなったり詰まったりした血管を内部から広げて血流を確保するときに用いる。ステントにコーティングされた薬剤が溶け出して治療効果を高めるのが、山本先生が開発に携わっている薬剤溶出ステントだ。
「虚血性心疾患は、心臓に酸素と栄養を送っている冠動脈が細くなったり詰まったりしてその先に血流が行かなくなる病気で、軽い症状でしたら薬物療法で治りますが、詰まりの症状が大きい場合はバイパス手術を行います。ただし、胸にメスを入れて行う開胸手術なので、体力のない患者さんにとっては大きな負担となります。そこで、体に負担が少ない、低侵襲な治療として登場したのが第3の治療法であるカテーテルを使った血管内治療です」
手首や足の付け根から血管内にカテーテル(細い管)を通し、心臓まで治療用機器を送り込み、バルーン(風船)で血管を拡張して血流を回復させたり、ステントと呼ばれる金網を血管内に置いて詰まるのを防いだりする。開胸手術に比べると傷はかなり小さく、患者さんの負担が少ないという特徴がある。

バルーンからステントへ 血管内治療の変遷

薬剤溶出ステント「Nobori」

「血管内治療で最初に行われたのはバルーン治療です。しかし、血管は弾力があるのでバルーンで膨らませても元に戻ってしまうことがあります。また、バルーンで広げると弱った血管を傷つけてしまうことがあります。すると、血管は自分で修復しようとして血管の壁の細胞が過剰に増殖して、また同じ場所が詰まってしまうことがあります。治療をしたのにまた元に戻ってしまうのでは困るということで開発されたのがステントです」
 ステントの登場で、血管の弾力で再び詰まってしまうことは防げるようになった。しかし、それでもステント治療では血管の細胞増殖により20~30%の頻度で再狭窄が起こり、再治療が余儀なくされるようになり、この再狭窄をいかに減らすかが大きな課題となった。
「血管を修復しようとする平滑筋細胞の増殖を抑えれば再狭窄を防げるのではないかと、いろいろな薬が試されて、「シロリムス」という免疫抑制剤と「パクリタキセル」という抗がん剤が有効であることがわかりました。2つの薬をコーティングした薬剤溶出ステントを血管内に挿入し、血管内の細くなっているところでステントを広げてやると、血流がまず回復します。そのあとにコーティングされた薬剤が溶け出して細胞に吸収され、過剰な増殖を抑えながら血管が修復されていいきます。この結果、再狭窄を10%以下に抑え、バルーンだけで治療していた当初の血管内治療から比べるとかなり治療成績を上げることができるようになりました」

有効性とともに安全・低侵襲の医療実現をめざす技術開発

さらに山本先生は、技術開発に携わる立場から、テルモが開発したこの薬剤溶出ステントにはどんな技術が使われているかを教えてくれた。
「テルモのステントは、ステント全面ではなく血管に接触する片側だけに、薬と、薬をゆっくり徐放するための生分解樹脂を混ぜてコーティングしています。なぜ片側だけに塗るかというと、実際に効果が必要なのは細胞増殖を抑えたい血管壁側なので、その部分に薬を集中させ、必要以上の薬やポリマーを体に入れないようにしているのです。また、薬をべったりと塗るのではなく、飛ばし飛ばしでコーティングすることにより、血管がカーブしたり変形しているところでコーティングの部分が剥離したり薬やポリマーが飛散して、カケラが細い血管に詰まってしまうリスクを避けています」
最後に山本先生は「より有効で安全で体への負担の少ない医療の実現のためには、医師など医療者とともにさまざまなバックグラウンドを持つ技術者の力が欠かせません。ぜひみなさんも技術の分野から医療に飛び込んでくることを期待します」と述べて講義を締めくくった。

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