中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

「サイエンスカフェ2015」レポート 細胞シートや模擬人工心臓づくりを 最先端の医工連携施設で体験

講義1 人工臓器最前線──機械工学が先進医療に貢献する

最初の講義は、早稲田大学理工学術院教授でTWInsの早稲田大学側のセンター長を務める梅津光生先生。

梅津先生はまず、今回、テルモ科学技術振興財団の主催でサイエンスカフェが開催される意義について高校生たちに語りかけた。 「私は、テルモ科学技術振興財団が医学と工学の連携を大切にしていることに共感して、財団の理事としてもお手伝いしています。テルモという会社はお金儲けだけをやっているのではなく、将来世代を育成し、勇気づけるため、こうしたサイエンスカフェのようなことにも熱心に取り組んでいます。みなさんも今回参加されたことをきっかけに、財団の活動を理解していただければ幸いです」

血管は流体回路だ

梅津先生は人工臓器研究の世界的なパイオニアで、世界でも数少ない機械工学と医学の両方の分野に精通した研究者。40年以上にわたって人工臓器の開発に取り組んできた。しかし、この道に入ったきっかけが変わっている。
「私は子どものころから鉄道が大好きで、現在も早稲田大学の鉄道研究会の会長をしています。そんな私がなぜ人工臓器を開発するようになったのか。それはすばらしい人々との出会いがあったからですが、最初の出会いが、東海道新幹線の関ヶ原の消雪用スプリンクラーを開発した流体制御の専門家、故・土屋喜一早大教授です。この先生のところに行けば鉄道の研究ができるだろうと研究室に入ったところ、先生はこう言うのです。『その研究はもう終わったよ。これからは医学の時代がくるから、医学をやりなさい』。ぼくは病気になったこともなければ、医者になろうと思ったこともなく、医学なんて関係ないと思ったのですが、土屋先生はさらにこう言うのです。『君は関係ないというけれど、人のからだを見てごらん。血液が流れているだろう。あれは流体の回路なんだよ。いってみれば流体制御。これこそ、これからの研究テーマじゃないか』。『わかりました』と医学の研究を始めのが、1974年のことでした」

人工心臓のプロジェクトに参加

1979年、梅津先生は大阪へ行く。大阪大学医学部教授で、国立循環器病センターの初代病院長となった曲直部寿夫先生が、国際学会で梅津先生の生まれて初めての学会発表を聞いて「こんなおもしろい発表を聞いたのは初めてや。一緒に大阪で働こう」と声をかけてくれたのだ。梅津先生は国立循環器病センター研究所の開設メンバーの一人として、補助人工心臓プロジェクトに参加することになった。
先生が開発に参加し、その後企業化された体外設置型の空気圧駆動人工心臓は、今まで1000名近くの患者に使われてきた。また、体内埋込み型の遠心式補助人工心臓「EVAHART」は、東京女子医大の山崎健二教授発案のものを、諏訪のベンチャー企業が中心に東京女子医大、早大、ピッツバーグ大、そして50社の企業などの知恵を結集してつくり上げたもので、すでに商品化され、これまで100人の患者に使われている。
さらに、早大とベンチャーによる医工連携で冠動脈バイパス手術の技術評価を可能にしたトレーニングシミュレータの開発にも取り組み、心臓外科医の技術習得に大きく貢献している。

医工連携で次世代の研究者を育てる

梅津先生は、TWInsの役割についてこう述べて講義を締めくくった。
「2008年4月に東京女子医大隣接地の2000坪にTWInsと呼ばれる女子医大・早大の生命医科学連携施設がオープンし、真の医工連携を実践できる環境をつくるという永年の私の夢が実現しました。そこでは、医工連携を旗印に、再生医療、ロボット手術、人工臓器開発をはじめ数々の先進医療への挑戦が行われています。このような新しい環境の中で、人との出会いを大切にしながら、世界で活躍できる次世代の人材を育てていきたいと思っています」

講義2 細胞シートと心筋再生~再生医療最前線

東京女子医科大学・清水達也教授の講義は、「細胞シートと心筋再生」。

冒頭、清水先生が高校生たちに語ったのは「再生医療とは何か」。
「再生医療というと、切れたトカゲの尻尾がまた伸びてきたり、バラバラのプラナリアからそれぞれのからだが再生されるイメージを持たれがちですが、現状の再生医療はその段階にはありません。日本では『再生』と言いますが、アメリカでは『ティッシュ・エンジニアリング(組織工学)』といい、医学と工学が連携して細胞から組織や臓器をつくるというイメージです」
組織をつくり出す元となるのが幹細胞だ。幹細胞は、自分で自分を複製できる「自己複製能」と、さまざまな細胞に分化しうる「多分化能」を持つ。幹細胞のなかでも、多様な細胞になるものに、ES細胞やiPS細胞があるが、ではES細胞やiPS細胞で今すぐ患者さんを救えるかというとそうではない。iPS細胞を使った網膜再生の臨床試験が今まさに始まろうとしているがまだまだ高いハードルがある。
「iPS細胞を使った再生医療はどのように行われるのでしょうか。たとえば心臓の場合、患者さんの細胞からつくったiPS細胞を心筋細胞に分化させて何らかの液体に入れて注入しても、大半の細胞はどこかへ行ってしまいます」

健康な細胞をくっついたまま取り出せる細胞シート

そこで今、清水先生が取り組んでいるのが、東京女子医大の岡野光夫先生が開発した「細胞シート」だ。細胞シートとは、いってみれば、細胞が粘着シートのようなシート状になっており、それを再生したい部位に移植する。
「細胞をプラスチックの培養皿で培養すると、分裂してお互いに手をつないでシート状になります。しかし、培養した細胞を剥がそうとしてトリプシンというタンパク分解酵素を入れると、細胞がバラバラになってしまいます。そこで岡野先生が考えたのが、培養皿に温度で性質を変えるポリマーを、目に見えない20ナノメートルの薄さでコーティングすること。細胞を37℃で培養するときは疎水性なので水を弾くがタンパク質はくっつきやすい。ところが、32℃以下に温度を下げると親水化して、タンパク質がくっつきにくくなって細胞をきれいに剥がすことができるのです。これが細胞シートです。細胞にダメージを与えることなく、細胞同士がくっついている状態で移植できる全く新しい方法です」
清水先生によると、「大事なのは、細胞シートは異物を含まないということだ」という。別の足場などを支持体とする方法では、異物が入るため体の中に入れると拒絶反応を起こしたり、溶けるときに炎症を起こしたりするが、細胞シートは細胞だけでできているので、移植すると馴染んでいき、拒絶反応もないのだ。
「現在からだのさまざまな部位で、患者さん自身の細胞でシートをつくって移植する研究が進んでおり、角膜、心臓、食道、歯周病、軟骨、気胸などでは、臨床もスタートしています」

心筋細胞シートの治験がスタート

このうち心臓の病気に使う細胞シートについては、テルモが実用化をめざして2012年から国内での治験を始めている。治験の対象としているのは虚血性心疾患による重症の心不全の患者さんで、患者さんの大腿部から筋肉を採取し、これに含まれる骨格筋芽細胞を体外で培養してシート状にし、傷んだ心筋の表面に貼ることにより、重症心不全の病態改善を図ろうとするもの。治験の結果を受けて国の認可が得られれば商品化される見通しで、多くの命が救えるようになるとの期待が高まっている。

講義の最後に清水先生は、厚みのある心筋組織をつくる研究を紹介してくれた、心筋細胞とともに血管をつくる細胞を入れて細胞シートを培養し、できた細胞を少しずつ積み重ねていく。これをラットに移植すると、血管がつながり拍動するのだ。
「将来的には心臓をつくろうとしています」という清水先生の話に、高校生たちは目を丸くして聞き入っていた。

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