フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」

第10回 匂いの脳科学 理化学研究所 脳科学総合研究センター 知覚神経回路機構研究チーム 風間北斗チームリーダーインタビュー 感覚情報から行動を生み出す 神経回路の計算原理とメカニズムを明らかにしたい。

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風間北斗(かざま・ほくと)
2001年東京大学理学部物理学科卒業。06年東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士号取得。06年5月ハーバード大学大学院医学系研究科神経生物学科博士研究員。10年より現職。11年4月より東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻特任准教授(客員)も務める。感覚入力を制御できる仮想空間で神経活動と動物の行動を計測し、得られたデータを組み合わせて神経活動と行動の関係性を表す数理モデルを構築することで、知覚を支える神経回路の情報処理とそのメカニズムの解明をめざしている。

大学から大学院時代まで物理学を専攻した風間先生。生命の不思議を定量的に解析したいと、ショウジョウバエをモデル動物に、物理学で培った理論・技術も活用しながら、嗅覚を中心に知覚を支える神経回路の作動原理の探究に挑んでいる。

物理学から脳神経回路の研究をテーマに

───大学時代は物理を専攻なさっていたのですね。

ええ、大学4年間は物理を勉強していました。数学と物理は科学の基礎ですし、どんなサイエンスに取り組むにしても非常に重要な学問であると今も思っています。ただ、物理を専門に学び進めるうちに、想像力を豊かにしないと理解できないような理論や現象を知ったのです。

───例えばどういう理論ですか。

一例を挙げると、量子力学の「トンネル効果」という現象を説明する理論です。目の前に壁があったとして、そこにボールを投げても普通は通り抜けることはできませんよね。ところがミクロの世界においては、数少ない確率ではあるけれど、粒子が壁を通り抜けてしまうことが起こる。一般的な感覚では、ちょっと信じられないではないですか。
物性物理にも興味を持ったのですが、固体を極限状態においてさまざまな力を加えたりすると、個体の性質を表す特定のパラメータが0.00数パーセント変わるとかが解析からわかる。とてもかっこいいなとは思ったけれど、物理の世界は成熟していて、自分では革新的な研究へ貢献ができそうにないと感じました。

───そんななかで、生命科学に出会ったのですか?

はい。3年生のとき、生物物理が専門の先生から、生命体は極限状態に置かれなくとも、普通の状態でダイナミックにふるまっていることを学びました。また、粘菌のような単純な細胞でも、例えば迷路の中にばらまいておくと、あたかも脳があるかのように最短距離で出口へのルートを解いてしまう。その動きがダイナミックで新鮮でした。
それからは解析的、定量的なアプローチで生命現象を解き明かしたいと考えるようになり、脳神経科学を研究ターゲットとしたのです。

───脳神経科学の領域が、定量的に研究できると考えたのは?

神経細胞は活動電位と呼ばれる「0」「1」のパルスを使って情報交換を行っています。ということは、「うれしい、悲しい」といった感情も、すべて活動電位のやりとりで説明できるはずでしょう。脳科学、神経科学で扱うデータであれば、数値に落とし込んで解析できると考えたのです。
大学院では、神経細胞同士をつなぐシナプスという構造がどのように形成されるのかを追究していた研究室で、5年間かけてシナプスが成熟するメカニズムを研究しました。
シナプスがどうできるかはわかったので、もっとたくさんの神経細胞同士がつながって回路ができたら、どんな性質が生まれるかを探究しようと考えました。しかも、脳をスライスした組織標本ではなく、生きている脳の中で回路の挙動を調べ、その挙動を生み出すメカニズムを知りたいと考えたのです。この研究に最適なモデル動物が、ショウジョウバエだったんです。

───そこからショウジョウバエで研究を進めることになるわけですね。

ハーバードでのポスドク時代の指導教授が、2004年に電極を刺して神経細胞の活動を記録するパッチクランプ法という技術を小さなショウジョウバエの脳に適用することに成功した先生でした。ショウジョウバエの脳の細胞は3~5ミクロンぐらいと極めて小さく、電極の先端と同じくらいのサイズしかないのに、そこに電極を刺すことができるなんてまさに神業(笑)。その先生の研究テーマが嗅覚回路だったので、私もパッチクランプ法をマスターすると同時に、先生のもとで匂いの研究に入っていきました。

ハーバード大学大学院医学系研究科神経生物学科 Rachel Wilsonラボで(右から5人目)。

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