フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」

第7回 睡眠と脳のメカニズム 筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構 副機構長 櫻井武教授インタビュー 睡眠の研究を通じて脳の機能を明らかにしたい

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櫻井武(さくらい・たけし)
1964年東京生まれ。筑波大学医学専門学群卒、同大学院医学研究科修了。筑波大学基礎医学研究系講師・助教授、テキサス大学ハワード・ヒューズ医学研究所研究員、筑波大学大学院人間総合科学研究科准教授、金沢大学医薬保健学総合研究科教授などを経て、2016年4月より現職。1998年、覚醒を制御する神経伝達物質「オレキシン」を発見。第11回つくば奨励賞、第14回安藤百福賞大賞、第65回中日文化賞、平成25年度 文部科学省 科学技術賞(研究部門)受賞。著書に『睡眠の科学』『食欲の科学』『〈眠り〉をめぐるミステリー』『睡眠障害のなぞを解く』など。

摂食と睡眠に関わる「オレキシン」の精製に世界で初めて成功し、以後、「覚醒と睡眠」のメカニズムを明らかにしたいと研究に打ち込んできた櫻井先生。研究すればするほど、脳神経科学から見た睡眠と覚醒の世界は奥深いと痛感するという。オレキシン発見の経緯から突然睡魔に襲われるナルコレプシー研究まで、睡眠の科学の最前線についてうかがった。

覚醒と睡眠に関わるオレキシンの発見が世界を驚かす

───オレキシン発見の経緯を少し詳しく教えてください。

1996年、私はテキサス大学ハワード・ヒューズ医学研究所で、筑波大学の先輩である柳沢正史教授のもとで細胞間の情報伝達を担う物質である「生理活性ペプチド」の研究をしていました。神経伝達物質として働く生理活性ペプチドのことを「神経ペプチド」といいますが、それらは脳の視床下部や大脳辺縁系にたくさん存在しています。
私たちは、すでに解明されている遺伝子情報から、結合する生理活性物質が不明な受容体を先に同定し、これに対応するペプチドを見つけるという、当時はまだ誰もやっていなかった「逆薬理学」と呼ばれる新しい手法で、ラットの脳内からさまざまな受容体に対応する神経ペプチドを探索していました。こうした作業によって精製したものの一つが「オレキシン」でした。

───最初からオレキシンが睡眠に関係する物質だと思ったのですか。

いえ、そうではなく、最初は精製した物質が視床下部の摂食中枢に集中的に存在することから、摂食に関係する物質ではないかと考えました。実際、精製した神経ペプチドを動物に与えると摂食量が格段に増えるのです。そこで、私たちは、ギリシャ語で「食欲」を意味する「オレキシス」からとって「オレキシン」と名づけました。当時、摂食行動の神経科学的メカニズムに多くの研究者が注目していたことと、私たちの手法の斬新さから、オレキシンの発見は大きな反響を呼び、のちに米国の生物学専門誌「Cell」の表紙に取り上げられました。

───摂食だけでなく、睡眠に関係する神経ペプチドだと分かったのはどうしたいきさつからですか。

私はその後米国から日本に帰り、オレキシンの遺伝子の同定や生理作用の解明などの研究を続けることになりました。そのころテキサス大学では、オレキシンをノックアウトしたマウスをつくり、さまざまな角度から解析を行っていました。夜間のマウスの摂食行動を観察していたときのこと、活発に毛づくろいをしていたオレキシン欠損マウスが、突然倒れてしまったのです。
てんかんの発作を起こしたのではないかと脳波を測定したところ、てんかんの波形は見えず、覚醒状態からいきなりレム睡眠に入っていることが分かりました。正常なマウスであれば、ヒトと同様にノンレム睡眠のあとにレム睡眠へと移行しますが、オレキシンの遺伝子を持たないマウスは、いきなり覚醒からレム睡眠に陥る場合があることが観察されたわけです。それで、オレキシンは摂食だけでなく覚醒や睡眠に深く関わる物質だと分かってきたのです。

───そこからオレキシンと睡眠障害との関係が解明されていくわけですね。

はい。オレキシン欠損マウスの睡眠と覚醒のパターンを詳しく解析したところ、ヒトの睡眠障害である「ナルコレプシー」と同様の症状を発していることが分かりました。また同じころ、スタンフォード大学の研究チームが、遺伝性のナルコレプシー犬を解析し、オレキシン受容体の遺伝子に異常があることを突き止めました。こうしたことから、オレキシンとナルコレプシーの関連が明らかになったわけです。

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