フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」

第25回 免疫でがん細胞をやっつける 京都大学 再生医科学研究所 再生免疫学分野 河本宏教授インタビュー 免疫システムを使ったがん治療には大きな可能性がある

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河本 宏(かわもと・ひろし)
1961年京都生まれ。1986年京都大学医学部卒業。3年間の内科研修後、1989年より京大病院第一内科(現・血液腫瘍内科)大学院の輸血部・伊藤和彦教授のもとでADA欠損症患者の遺伝子解析および遺伝子治療の基礎研究を行う。1994年より京大胸部疾患研究所(現・再生医科学研究所)の桂教授のもとで血液細胞の系列決定過程およびT細胞初期分化についての研究を開始する。2001年7月より京大医学部免疫細胞生物学教室(湊教授)助手。2002年3月より理研免疫アレルギー科学総合研究センターチームリーダー。2012年4月京都大学再生医科学研究所へ。免疫学の初学者に向けた著書に『もっとよくわかる!免疫学』がある。

私たちのからだに備わっている免疫システムを活用して、がんの治療法につなげる研究をしている河本先生。免疫システムの不思議や、T細胞由来のiPS細胞から分化させた免疫細胞の臨床応用の可能性とともに、漫画家を志した若いときのお話をうかがった。

iPS細胞を使ってがん細胞だけを攻撃するT細胞をつくる

───わが国の死亡原因の一位はがんといわれています。がんとはどんなものなのか、簡単に教えてください。

私たちのからだの細胞の遺伝子は、タンパク質をつくり、生命活動を営んでいます。こうした正常な細胞は、お互いにまわりの細胞と連絡を取り合っています。
ところが、遺伝子に傷がつくと異常なタンパク質が合成され、異常な細胞ができてしまいます。こうした細胞はまわりのいうことを聞かず、協調性を失って、その場でどんどん増えて、からだの組織を壊す腫瘍細胞になります。その場で増えるだけのものは、良性腫瘍と呼び、がんではありません。さらに遺伝子の傷が蓄積するなどして異常なタンパク質が生産され、まわりの組織に増え広がったり(浸潤)、離れた組織に移ったり(転移)するようになったものを、悪性腫瘍といいます。これががんです。こうなると、どんどん進行していくことになり、治療が難しくなるのです。

───そうしたがんに対して免疫はどのようにかかわるのですか。

免疫の中でもT細胞やB細胞などのリンパ球系の免疫細胞は、未知のどんな病原体も攻撃する能力を持っているのに自分自身は攻撃しないということとともに、一度出会った病原体を記憶するなど、攻撃力とともに賢さを兼ね備えた免疫細胞といえます。
中でも、キラーT細胞はがんに対する攻撃力を備えていて、「森の教室」でもお話ししたように、がん細胞に対する反応性を備えたT細胞からiPS細胞をつくり、再びT細胞へと分化・誘導させることで、新たながん治療への道が開ける可能性を持っていると考えています。

───T細胞やB細胞がどんな病原体でも認識できるのはどういう仕組みからなのでしょう。

T細胞やB細胞などのリンパ系免疫細胞は、どんな病原体でも識別できる目というべきレセプター(受容体)を持っています。それぞれによっても少し敵を認識する仕組みが違うのですが、簡単にいうと、レセプターに合った病原体(抗原)に結合する仕組みです。

T細胞はT細胞レセプターを通じて抗原を認識する

T細胞はT細胞レセプターを通じて抗原を認識する

しかし、そのレセプターはタンパク質でできています。タンパク質は1つの遺伝子によってつくられますが遺伝子は数万個しかないのに、何百万もの異なる病原体に対応できるレセプターをもったT細胞がつくられるのはなぜかという疑問が生まれます。
普通、両親から受け継いだ遺伝子は、突然変異でも起きない限りは細胞の中で変化することはないと考えられていました。ところが、リンパ系の免疫細胞では、遺伝子を切り貼りして細胞ごとに異なる遺伝子をつくる仕組みがあります。これによって、多様なレセプターを用意することができるというわけです。

細胞ごとに異なるレセプターをつくるメカニズム

▲細胞ごとに異なるレセプターをつくるメカニズム
細胞のDNAの鎖の中に遺伝情報を担う遺伝子があり、T細胞レセプター遺伝子では、A、Bという遺伝子の断片のセットとX、Y、Zという断片が離れて並んでいる。T細胞レセプター遺伝子がつくられるときは、それぞれの間で切り貼りが起こり、さまざまな組み合わせのT細胞レセプターが新しくつくられる。さらに、その途中で遺伝子の一部が削れたり、貼り合わせの際に隙間にDNAの断片が付け加わったりする結果、つくりだされる遺伝子は膨大な種類になる。

───iPS細胞はなんにでもなれる細胞なので、そこからT細胞をつくりだすと同じように膨大な種類のレセプターをもつT細胞ができてしまうわけですね?

はい。体細胞由来のiPS再構築では、この遺伝子再構成が起こるため、多様な抗原に反応するT細胞になります。多様であることはそれはそれでいいのですが、欲しい細胞、つまりがんを殺してくれる細胞は、その中のごく一部ということになってしまいます。
そこで、体細胞ではなく、がん患者さんの血液からがん細胞にだけ反応するT細胞を分離し、それからiPS細胞をつくり、さらに独自の方法でT細胞へと培養したところ、遺伝子再構成は起こらず、そのほとんどすべてが元のがんに対応した反応性を有するT細胞に誘導されたのです。

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